
地球のイメージを残しつつ、白が多くなった分、かっこよさが格段にアップしたと思います!
今シーズンは、逆襲を期待したいですね!!!
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<ソフトバンク>斉藤、今季はほぼ絶望…王監督が見方示す
1月8日19時35分配信 毎日新聞
右肩けん板修復手術のため渡米しているソフトバンクの斉藤和巳投手(30)について、王貞治監督は8日、今季はほぼ絶望との見方を示した。同日、福岡市内のホテルで開いた新入団選手の発表会見後に報道陣の取材に応えた。
王監督は「8、9月のシーズン大詰めにでも登板できれば、心強いが、そう言うことで本人にプレッシャーをかけてもねえ。手術する以上は(復帰は)来年と考えていいんじゃないか」と語った。
斉藤和は昨季、右肩筋疲労のため12試合の登板にとどまり、6勝3敗。2けた勝利も4年連続で途切れた。王監督は斉藤和と話し合って手術を決めた経緯にも触れ「昨季と同じ投球じゃ、本人が納得できないだろうし、チームも困る。遠回りになるが、長い目で見れば、ここは我慢してでも手術するのが一番と判断した」と語った。
手術はロサンゼルス市内の病院で9日午前(現地時間)に行われる。
1995年6月、対阪神タイガース戦において、湯舟敏郎選手の放った三塁線沿いの小フライ捕球の際に、右肘側副靱帯断裂の重傷を負った。手術のため渡米。1995年残りシーズンと1996年を棒に振り、1997年にカムバックした。カムバック時のマウンドに跪き、プレートに右肘をつけたシーンは有名で、この後復帰した投手やシーズン初登板の投手が同じ姿勢を取る姿が見られる。
桑田真澄 - Wikipediaから引用
■ジェンソン・バトン(5位)
「今日のレースはすばらしかった。4ポイントを獲得し、今シーズンベストのリザルトを達成できて本当にうれしい。スタートはウエットコンディションでマシンがうまく動かず、グリップがなかったため苦労して、順位を下げてしまった。路面が乾いてきたとき、ドライのオプションタイヤ(ソフト側)に換えようと決め、燃料も軽く積んだ。そのときから僕はファステストラップを次々と出しはじめ、本当に気持ちがよかった。何回もオーバーテイクし、接戦を繰り広げ、楽しいレースだった。今日はポイントが獲得できて、本当に満足だ」
■ルーベンス・バリチェロ(15位)
「さまざまな状況変化の中で、決断しなければならず、残念なことに、レースは厳しいものになってしまった。1回目のピットストップのあとに雨が降り始めたとき、僕らは残りのレースがウエットになると思ってもう一度ウエットタイヤを使用したが、数周後にはその選択が間違っていたとわかった。この週末の結果にはがっかりしているが、今は2週間後に僕の母国で行われるブラジルGPを楽しみにしている」
■ヤルノ・トゥルーリ(13位)
「今週末は私にとって本当に厳しいものだった。昨日はバランスの問題に見舞われ、今日の決勝は結果的に、ずっとチャレンジを強いられた。良いスタートを切ることが出来、その後のコンディションに対応したウェットタイヤでは、順調に戦っていた。しかし、ピットインの後には、いくつかポジションを落としてしまった。誰にとっても困難なレースであったが、私にとっても上手くは行かなかった。全力を尽くして攻めたが、ポイント獲得は叶わなかった。これから我々は最終戦の行われるブラジルへと向かうが、インテルラゴスでは良い結果を期待したい」
■ラルフ・シューマッハー(リタイア)
「厳しく、残念なレースであった。1周目に他車を避けようとしてスピンを喫してしまった。しかし、その後は順調に追い上げ、多くのライバルをパスすることが出来た。V.リウッツィとの接触は残念だったが、あれは互いに故意ではなかったと確信している。あの時点で路面は乾きつつあり、我々は失うもののない状態だったので、ドライタイヤに交換するという賭けに出た。しかし、間もなく降雨に見舞われ、私はグリップを失い、エンジンも壊れてしまった。楽しめたレースだったが、結果が得られなかったことは、とても悔しい。私にとって、パナソニック・トヨタ・レーシングでのレースは残り1戦となったが、ブラジルでは、可能な限り多くのポイントを獲得し、良い雰囲気で終えるべく、努力する」
■佐藤琢磨(14位)
「エキサイティングだったが、僕たちにとってはタフなレースだった。いいスタートでいくつかポジションを上げることができたし、ウエットコンディションの中でのオーバーテイクはエキサイティングだった。しかし、数周後にはメカニカルな問題が発生し、その後はマシンがかなり跳ねるようになった。僕はすぐに無線でチームに報告したが、手の尽くしようがなかった。コンディションが変化し続ける中、僕は前の数台に追いつくことができたが、オーバーテイクするにはスピードが足りなかった。幸い完走することはできたが、マシンのハンドリングは理想とはほど遠く、それがレースをさらに難しくしていた」
■アンソニー・デビッドソン(リタイア)
「残念な終わり方だった。スタートがよくなかったので、ターン1で簡単にルーベンス(バリチェロ)に抜かれてしまった。どうにかルーベンスを抜き返して、1周目ではほかの数台と戦うことができたが、2周目のターン1へのエントリーでルーベンスが僕の右リアタイヤに接触し、2人ともスピンしてしまった。ブレーキダクトをカバーしている部分のボディワークにダメージを負ったために、ブレーキの温度が急上昇した。このせいでブレーキの効きが悪くなり、フロントブレーキしか使えなくなったので、ピットへ戻り、ダメージを負った部分のパーツを取り外してリアのブレーキダクトへの風通しがよくなるか試したが、だめだった。ブレーキの調子は戻らなかったので、自分やチームを危険にさらすよりもいいと思い、レースのリタイアを決意したんだ」
「トヨタのドライバーとして3年間を過し、私は新しい挑戦をすることを選択した。私は大きな期待を持ってトヨタに加入した。新しいレーシングカーの開発に関われることを大きくまた刺激的な挑戦と捉えていた。また長い日本での滞在生活で日本の生活スタイルも学ぶことができた。依然として日本人のメンタリティは理解している。しかし、私は競争力のあるマシーンを長い間待っている」
